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おすすめ図書No.16 魂の殺人

タイトル 魂の殺人 新装版 親は子どもに何をしたか

著者 アリス・ミラー 訳者 山下公子

発行 新曜社

参考完読時間 400ページ/870分

 

著者について

アリス・ミラー女史(1923~2010年)

元精神分析家・心理学者・著述家。

ポーランド生まれ。1946年にスイスに移住し、

1979年まで精神分析家として治療・教育にあたる。

 

内容と感想

精神分析家アリス・ミラー女史による、アドルフ・ヒトラー(ナチス総統)、

クリスティアーネ・F(少女娼婦・薬物依存症)、ユルゲン・バルチュ(16~20歳の間に4人の少年を殺害、100以上の暴行、強姦)の精神分析と彼らの人生への考察、

そして、当時の児童教育や道徳教育及び伝統的な精神分析への批判が綴られている。

 

乳幼児期の抑圧について

精神的病やアンバランス・異常は、

乳幼児期の怒りや憎しみ・不安等の感情の抑圧から生じる、

という考察が繰り返し強調されて述べられています。

 

著者が意図していたか分かりませんが、

これはとても重要な事だと思います。

 

と言うのも、上記の事柄は多くの人にとっては

あまり考えたくない事だと思われるからです。

自身のアイデンティティに関わる根源的な事なので、

普通はそっとしておきたいものです。

そこを揺さぶられると、脅威を感じてしまうのが通常の反応です。

 

ですので、世間一般では自分と両親との関係、

とりわけ子供時代に関しては美談にしておきたいし、

脳内ではそこに疑念を持つ事はタブーになりやすい。

 

このような理由から”乳幼児期の抑圧”についての、

様々な例を用いた繰り返しは重要だと思えるのです。

脳内のタブーや心理的防衛、固定観念を崩すために反復は欠かせません。

 

実際、読み初めの頃は、様々な思いや考えが去来し、

読むのを中断したり、寝落ちする事がありましたが、

読み進める内に頭が整理され、スムーズに読む事ができるようになりました。

 

古典的手法への批判

この本は1980年にスイスで書かれました。

教育と宗教は密接な関係があり、

キリスト教圏での教育を受けた人々が題材となっておりますが、

子供のいじめや自殺等、教育現場が問題視されている日本も無関係ではありません。

 

教育以外にも、精神障害者や病人の多さ、抑圧、隠蔽等は、

日本でも大きな問題であり、

そこに精神分析の観点からメスを入れる一冊だと思います。

 

著者は精神分析における伝統的・古典的な論を批判していますが、

それは彼女が学者ではなく、治療家として現場に携わってきた経験があったからでしょう。

 

人間の想像力や生存・防衛のための適応力というのは凄まじいもので、

前例や伝統に拘っていたら、前へ進めなくなってしまいます。

茨の道であった事を想像すると、著者に対する労いの気持ちが浮かんできます。

 

子どもへの虐待や抑圧は社会へ還流する

これも著者の重要な主張の一つです。

著者の論によると、虐待や厳罰的な教育を受けた子どもは、

怒りや憎悪、破壊衝動を無意識下に秘めています。

 

1900年代前半のドイツでは、多くの大人が幼少期に厳罰的な教育を受けており、

無意識内に怒りや憎悪を溜め込んだままだったようです。

しかも、この感情は表現する事を禁じられていた上に、

多くの子供達にとってその対象が不明でした。

(清く正しく生き、親を尊敬しなくてはいけない≒親は善人、憎しみの対象であってはいけない、

という宗教観に基づいた教育理念による)

 

この無意識内に秘められた破壊衝動を暴き出し、

戦意の燃料として火をつけ、対象を一つの民族や世界へ向けさせたのがアドルフ・ヒトラーであり、

多くの人に秘められ、捌け口の無かった怒りや憎悪があの悲劇の元凶だという著者の考察です。

 

日本ではどうでしょうか。

 

日本は世界に類を見ない高齢化国家(高齢化率29.1%・2021年現在)です。

経済政策をハズし続けデフレが長期化し、賃金は下がりっぱなし、

消費税、社会保障費の個人負担は上昇し続け、

労働者の非正規雇用が四割、貯蓄ゼロは当たり前、結婚も子どもを持つ事も厳しい。

労働人口が激減する事も確定的。20代30代の死因のトップは自殺。

社会は疲弊し、多くの人がストレスを抱えています。

 

このような社会で生きる若者達に怒りや憎悪は溜まっていないでしょうか。

若者達の持つ嫌悪の片鱗が”老害”という言葉で顕在化し、流行したのではないだろうか。

 

彼らが社会の中枢を担うようになった時、

社会制度や構造の中に、秘められた嫌悪が顕在化するかもしれません。

 

嫌悪や憎悪、怒りというのは感情です。

感情は正論や正しさではどうにもなりません。

いつでも噴出する機会を窺っているものです。

 

日本の将来の悲劇を回避するためにも、

一人一人が普通の生活の中で何ができるのか、

もっとよく考えなければいけないでしょう。

 

現代社会を理解するヒント

約40年前(2022年現在)に訳者の直感と熱意により翻訳、出版に至ったこの本は、

(訳者あとがきも是非読んでみて下さい)

混沌とした現代社会を生きる我々に役立ちます。

 

個人的には、理解不能なこの世界を少し整理するための

新しい視点を渡してもらえたと思っています。

絶版になっている前後作の復刊を願います。